センターについて
About
海外移住と文化の交流センターについて
ご紹介いたします
海外移住と文化の交流センターとは?
1928年に国民移住収容所として建設された、国内で唯一現存する移住関連施設です。貴重な建物を永久に保存するため、2008年にブラジル移住100周年記念事業として再整備され、現在は神戸市民や来館者に開かれた人々の交流の場となっています。

センターの概要について
3つの目的実現のため、
3つの機能を備えています。
希望と未知への船出の広場
(移住ミュージアム機能)
海外移住の歴史・意義を広く一般に伝えるとともに、次代に継承するために必要となる、神戸に関連する海外移住資料の展示・関連情報の発信機能
多文化との共生の広場
(在住外国人支援機能)
増加する南米系日系人を中心とした在住外国人の支援、市民との相互理解・共生を促進する機能
芸術を生かした創生の広場
(国際芸術交流機能)
これまでの施設利用形態をふまえた、地域と連携する芸術交流機能とともに、移住ミュージアム、在住外国人支援の機能と連携し、多文化共生、地域活性化を具現化する機能
各機能における活動内容
各広場(機能)は次の団体が
担当および活動をしています。
詳細は各団体のホームページをご覧ください。

【展示・学習支援活動】
- ・神戸にかかわる海外移住の歴史を中心に紹介し、海外移住の意義を広く一般に伝える。
- ・増加する南米系日系人のルーツを紹介し、相互理解を深めるきっかけを提供するとともに、特に南米系日系人については移住の歴史を通して自身のルーツを確認し、その歩みを振り返ることのできる場とする。
- ・旧神戸移住センターの建物自体の歴史を通して、神戸が歩んできた歴史の一端を紹介する。
- ・学校・団体などの利用や総合的な学習の時間などにもこたえられる展示とする。
- ・可変的な展示を多く用いて、情報の更新や追加がしやすいものとする。
【交流・体験活動】
- ・市民参加による展示解説や当時の旧神戸移住センターを知る人々、移住体験を持つ人々による語り部活動を行う。
- ・市内在住の南米系日系人の協力を得て行う交流プログラムを開催する。
〔移住地紹介、現地の暮らし紹介、ブラジル音楽の夕べ、「移民祭」(CBK主催)を拡大して開催(ミュージアムとの共催による)など〕 - ・移住の歴史をたどる体験プログラムを開催する。(旧神戸移住センター見学と神戸港(移民船出発の地)までを歩くなど)

【在住外国人支援活動】
- ・南米系日系人を含む在住外国人を対象として、心のよりどころとなる場を用意する。
- ・南米系日系人を中心とした在住外国人支援活動を行っている団体に対し、事務・活動スペースを提供する。
- ・相談受付窓口を設置し、生活上の各種相談に応じる。
- ・各種教育プログラムを用意し、南米系日系人含む在住外国人に対し、その能力開発や日本語習得支援・日本理解促進を図る。
(パソコン教室、日本語教室・母国語教室、危機管理講座、日本料理教室、茶道・華道教室など)
【交流・体験活動】
- ・在住外国人同士の交流の場・機会を提供する。(誕生パーティー会場を提供、バーベキュー大会、合同ハイキングの開催など)
- ・市民と在住外国人との交流の場・機会を提供する。
〔南米系日系人を講師として開催するポルトガル語講座・スペイン語講座、遊びのひろば(子どもを対象に開催。日本の遊び、諸外国の遊び体験や国際芸術交流機能と連携したアート体験)など〕 - ・多文化共生、異文化理解のための市民参加活動を促す。
(「フェスタ・ジュニーナ」運営への市民参加の呼びかけなど)

【展示・学習支援活動】
- ・子ども向け学習プログラムを用意し、芸術に気軽に触れられる場と機会を創出する。
(放課後アートスクールの開催、夏休みアート相談など) - ・さまざまなテーマにもとづく企画展を開催する。
- ・芸術作品の制作と発表の場を提供し、若手芸術家の育成を図る。
- ・公開アトリエ活動を継続実施する。
【交流・体験活動】
- ・海外アーティストとのコラボレーションなど、海外との国際芸術交流活動を行う。
- ・芸術を軸とした交流活動を行う。
企画展と連動したワークショップ開催、交流イベントの開催:アートフリーマーケットアーティストになろう(一日アート体験)など
現在までの経緯
1928年に開設した神戸移住センター
(当時の名称:国立移民収容所)。
第二次世界大戦によって一時閉鎖し、
戦時中は軍属養成施設、
戦後は看護婦の養成機関として使用された。
阪神・淡路大震災の直後、
この建物が健在であることを知った
ブラジルの日系団体から神戸市に
保存・再整備の要請が寄せられた。
その熱い思いに応え、
開設当時の面影を残しながらリニューアル。
2009年に「海外移住と文化の交流センター」として新たなスタートを切った。

1928年2月、政府の移民奨励政策によって、ブラジルをはじめ南米諸国への移住者を支援する「国立移民収容所」が完成。全国から集まった移住者が1週間ほど滞在し、船旅の準備や移住に関する研修が行われた。
捕虜を連想する「収容」の言葉を避け、保護と教養を目的とする「神戸移住教養所」に改称。施設には250台の寝台が増設され、移住者の健康管理のための診察室や治療室、薬局、医局なども設けられた。


第二次世界大戦の影響で神戸移住教養所は閉鎖。1942年には旧日本軍の軍属養成施設「大東亜要員短期錬成所」となり、計300人の商船士官を練成した。彼らはこの校舎で1年間学んだ後、横須賀で軍事教育を受けた。
1952年、外務省が建物を改装し、「神戸移住斡旋所」として再開。戦後の南米移住は1950年代後半から1960年代初頭にかけて最盛期を迎えた。1964年には「神戸移住センター」に改称し、外務省から海外移住事業団に移管された。


1971年5月に日本最後の移民船「ぶらじる丸」が神戸港を出港したのを最後に、神戸移住センターは閉鎖。その後、神戸市立高等看護学院が開校し、一部は神戸市医師会准看護婦学校として使用された。
阪神・淡路大震災に見舞われるも、建物は倒壊を免れた。1995年4月から1999年9月までは、震災の被害を受けた神戸海洋気象台の仮庁舎として使われた。


神戸市から委託を受けたNPO法人「芸術と計画会議(C.A.P.)」が活動をスタートし、建物は芸術家が創作活動を行うアトリエとして使用された。さらに、1階に神戸移住資料室が開設し、4階に関西ブラジル人コミュニティの活動拠点が誕生した。
2008年にブラジル移住100周年を記念して、旧神戸移住センターの改修工事が行われた。翌年2009年6月3日に「海外移住と文化の交流センター」が開館し、戦争や震災を乗り越えた建物の歴史を伝える「移住ミュージアム」もオープンした。
